下京区在住、山田正太郎さん半生記
- F.ジャパン
- 2017年12月11日
- 読了時間: 2分
「下京区在住、山田正太郎さん半生記」
30日(土)13:00の回終演後、
リーディングイベントを実施します。
タイトルは、
「下京区在住、山田正太郎さん半生記」
です。
これは下京区在住の山田さんに、
生まれた時から今までの思い出話を聞かせてもらい、
私が台本にさせてもらったものを
田中さんが再構成しています。
そうです、
演出は正直者の会の
田中遊さん

にお願いいたしました。
そして読むのは私、
ファックジャパンです。
稽古をしましたが、
これが面白いのです。
「Equal-イコール-」でよく出てくる「思い出話」
「下京区在住、山田正太郎さん半生記」で出てくる「思い出話」
同じ思い出話でもこれがもう質感が、
全然違うのです。
それが面白くてしょうがありません。
距離感が愛おしい
たとえば
「Equal-イコール-」と
「下京区在住、山田正太郎さん半生記」
の中に出てくる思い出話にはこういうのがあります。
・ニコラとテオとオデットと三人で子供のころ時計塔に登った時の思い出話。
・祇園祭の山鉾巡航、子供の頃その辻回しを 寺町の四条下がったところの東側の2階で見ていた時の思い出話。
どちらの思い出も当然私は体験していないわけです。
でもその台詞を口に出した時に
そこに蘇ってくる物が全く違うのです。
この差はなんやと。
もちろん、
「テオ・ホーエンハイムさんと山田正太郎さん」
「ヨーロッパと京都」
「18世紀と20世紀」
という具体的な距離があります。
しかしその決定的な差は、
おそらくフィクションとノンフィクション
という事だろうと思うのです。
その圧倒的な距離感がものすごくてびっくりしています。
そして私はやはり、
その距離感が愛おしいのです。
皆さん笑われるかもしれませんが正直に申し上げると、
自覚的にはおそらく私は18世紀ヨーロッパ側の人間(比喩です)で、
常に20世紀京都側(比喩です)に憧れと畏怖をもって暮らしているのです。
「Equal-イコール-」と
「下京区在住、山田正太郎さん半生記」、
この2つの作品が相互作用で良い効果をもたらしていますし、
この差はきっと面白いと思います。
ご期待下さい!